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免許更新で考える。131116 追記 [生き方]

季節感の無い仕事。
いつもの穴倉で昨日作ったソフト、機能的には更なる改修が必要だが、少し使って出力、結果をまとめる。そんな事を午前中にケリをつけて、暖かいのか冷たいのかわからない雨の中、免許更新に警察署に行った。
こんなオヤジだけど、写真うつりを気にして、僕色のシャツとセータで、ちょびっとオシャレ(自分比)する。「写真は選べるのか」、「少しはわらったほうがいいかねぁ」とか、今まで考えた事のない事を考えつつ向かう。ヘンなの、ふふふ。
実は今回は初めてのゴールド免許になる。30分程度の講習と手続きと待ち時間、1時間ぐらいでした。ICチップ化、臓器提供の意思表示欄で裏表が新型となった。ちなみに写真は選べなかった、残念。

僕は尊厳死協会に入っている、脛齧り1,2号たちにはその旨を伝え了解を受けている。また死後は「検体」を考えていたので、ここで「さて臓器移植、どうしたものか」と考えだした。
「死とは」、「脳死が死か」、そもそも御手頃な脳波計で、人の脳活動が測れるとは思っていない。もちろんその他の医学的な知見を持って「脳死」と決めるのだけど、現代医学で「死」が定義されているのなか。また物理的な事を置いといても、そもそも「脳はこころ」かと言う問題もある。

幸いに子供の頃から、飼っていた魚、鳥、虫、動物たちの死を見つめて来た。祖父、祖母、母の最後は現場いにいました。皆、静かに旅立って行った。その様な静かに見送る場面の後で、再度手術室に送って、解体の様な臓器取り出しをしたくない。もちろんそんな場面を見える訳もない。医療関係者も遺族の静かな感情をしっかりと受け止め、次の命へと役に立くれると思っています。
母は、12月で6年になるが、脳出血でほぼ即死。でも最後に呼吸が静かに、静かに弱くなって行くのを見ていると、そのあと母に時を争う臓器摘出の時間を過させ気にはなれない。母の場合は高齢だったので、臓器提供の選択は最初からなかったけれど。自分がその様な最後を迎えるのか思うと、少し考えにくいと思っています。その前に薬とアルコール漬け臓器は役には立たないと思うけど。

この様に文字にして読んでみると、やはり僕は臓器移植はしません。「検体」して医学生に好きなように解剖してもらおう。僕は脳出血しているので左脳の一部が無い。そんな体が解剖対象になるか否かは知らないけど、個人的な結論としてそうします。脛齧りたちには、再度言っておこう。

お月さまが鮮やかな夜、少し気温が戻ったとは言え、人恋しい夜だ。

【131116 追記】
今まで書いた事を振り返ると、「送る側」の立場で考えていた事に気付く。「送れる側」に立って見ると、心臓停止し死が宣告されたあとは、正直どうでもよい。脛齧りたちの都合でよい。生きようとする命の為に役に立つと脛齧りたちが考え、専門家の要望があれば好きにするがいいと思う。
これも話しておかないといけない。
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